・ゲイムービーとしての『アブレンティス ドナルド・トランプの創り方』

まず、この映画の説明。
1970年代から1980年代を舞台に、気弱で繊細だった20代の青年実業家ドナルド・トランプがマッカーシズムで悪名を馳せた弁護士ロイ・コーンと出会い、一流の実業家へと育て上げられた末に、コーンの想像を超える怪物へと変貌を遂げていく姿を描く。
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筆者がタイトルに「ゲイムービーとして」と書いた訳は、トランプを育て上げた悪徳弁護士・ロイ・コーンがゲイであり、その生き方の凄まじさ、そして失意のうちにエイズで死んでいく、良くも悪くもひとりのゲイの生き様を見ましたね。見る前はトランプを揶揄する映画だと思ってましたが、いやいや実に真摯な真面目な映画でした。
映画はトランプとほぼ同等の割合でコーンを描いている。成功するための3つの教えをトランプに説いたのもコーンだし、この世の本質を突いたのもコーンだ。それらはまさに世の中を横から見た観点であり、コーンがゲイだからこそ見抜いたものだと筆者は感じました。
コーンは最後までゲイを公表こそしなかったが、特に私生活を隠すことなく、パーティーのシーンでトランプがコーンを訪れると、男たちの乱交で、コーンは全裸でアナルウケをやっている。映画はトランプが狼狽し立ち去るシーンも描いている。
凄いなと思ったのは、コーンが敵の判事に「判事が同性愛者であること」を理由に恐喝するところ。1970年代であれば「あるある」の話だったろうと思う。それをやんわり非難するトランプはまともだ。
歴史上、権力を得たゲイは時たま出現するが、おおむね「負のイメージ」が付きまとう。例えばアメリカであれば、非情な赤狩りなどで悪名高いジョン・エドガー・フーヴァーとか。理由は分かる。メインであるヘテロ(ノンケ)社会でのし上るには、メインを切り込む剣を持つしかないのだ。抽象的な言い方をしたが、一般(ヘテロ)のやり方では一般の方が強いのよ。だから「非情」なり、一般が躊躇する哲学(剣)で切り込むしかない。
コーンはそれをやってトランプを育てた。が、晩年、トランプに泣かされることになる。皮肉な人生だったと思います。ただ気の毒ではない。今までの剣が自分に降りかかっただけの話。
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映画がどこまで脚色されていたかは定かではないが、wikiなどと照らし合わせるとほぼ事実をなぞっている(wikiがどこまで正確かは不問として)。ただ最後にトランプがコーンにプレゼントしたダイヤモンドが偽物だったという事象は、wikiによるとコーンの財産を引き継いだ男性(財産はほぼ全てを政府に差し押さえられた)が鑑定してジルコニア製の偽物だったと判明したことになっている。
映画ではトランプがコーンにプレゼントした時点で当時のトランプの妻から「それ偽物よ。あの人(トランプ)はそういう人」という言葉がかけられる。映画としてはその方が生きる。
映画はコーンが死んだ1986年当時で終わってる。大統領選などは描かれていない。コーンとトランプの話だ。一種のゲイムービーと呼んで差し支えないと思う。
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BTM