ネタバレ全開で書きますんでご了承ください。
映画「世界で一番美しい少年」は、1971年の「ベニスに死す」に出演した当時15才の美少年、ビョルン・アンドレセンの現在(2021年時点)を描いた作品。
早い話、あの美少年がこんな爺さんになってましたということを表現するには20分程度で済むことを93分の尺を使ってドキュメンタリー映画にしている。爺さんになってるのは時間が経っているのだから当然で、映像を見れば一目瞭然。その時点でこの作品の目的は果たしている。
観客が興味を持つのは「ベニスに死す」出演の後、人間ビョルン・アンドレセンが何を思い、何をして爺さんに至ったかですよ。驚くことにこの「世界で一番美しい少年」作品内ではそれをほとんど描いていない。ではどうこの93分の尺を埋めているかというと、「ベニスに死す」撮影前における少年たちのスクリーンテストの映像や、よくそんなの持ってたねと思わされるビョルン・アンドレセンの幼少期の8mmフィルム。それと大げさに言えば、現在のビョルン・アンドレセン爺のイメージフィルムだ。
うがった見方をすれば、この作品の製作陣は、現在のビョルン・アンドレセンに取材が出来るとした時点でこの作品の成功を確信しただろうと思う。ところがこの現在のビョルン・アンドレセンは、無口で陰気な爺さんなのだ。例えばこれが陽気で饒舌な爺さんなら、裏話やら苦労話を本人の口から語らせ、その間に昔の秘蔵映像でもインサートすれば大いに盛り上がっただろうと思う。
ところがこの爺さん、何を考えているのか、密着でフィルムを廻してもサッパリ出てこない。やっと出てきたのは「家賃が足りない」とかの電話。この電話も何も出てこないから「やらせ」でやらせたのではと思ってしまうくらい。しょうがないので本人連れて日本取材。ほとんど意味無いので経費の無駄。日本の音楽プロデューサー、広告関係、漫画家へのインタビューで穴埋め。
この日本陣へのインタビューも1971年当時「ベニスに死す」公開時とその後の日本でのCM撮影、レコード出版に関わることで、当時の美少年ビョルン・アンドレセンについてであって、現在までに至る人間ビョルン・アンドレセンについては一言も語らない(語れない)。
そもそも現在のビョルン・アンドレセンを日本に連れてっているのに各日本陣とろくに交流させていないのだ。ハグがワンカットあったように記憶しますが、会話交流は無い。つまり人間ビョルン・アンドレセンは描かれない。
「ベニスに死す」撮影前における少年たちのスクリーンテストの映像は見ものでしたね。この映像がこのドキュメンタリー映画「世界で一番美しい少年」の一番の見どころでしょう。1971年「ベニスに死す」公開当時の別ドキュメンタリー「タッジオを求めて」などと被るところはあると思いますが。
少年が数人順番にスクリーンテスト(軽く飛ばす)。少年ビョルン・アンドレセンの登場。典型的北欧の少年の顔立ちだが、場の雰囲気が変わるよね。製作・監督のヴィスコンティはエロ親父丸出し。「じゃあ、服脱いでみて」とヴィスコンティ。「え?」と多少戸惑いを見せる少年ビョルン。「上だけでいいのよ」とスタッフ。上を脱いで半裸姿になるビョルン。この映像が彼の素が見られる唯一のシーンと言っても過言ではないでしょう。
この作品「世界で一番美しい少年」の描かれる内容で赤裸々な部分がもう一つ。映画「ベニスに死す」に登場する美少年タッジオ(ビョルン・アンドレセン)に影が感じられる部分。これはビスコンティの演出ではなく、少年ビョルン・アンドレセンに元々持ち合わせているものだということ。
「世界で一番美しい少年」に出される幼少期の8mmフィルムなどのナレーションで語られるビョルンの過去。すでに知られている情報ではあるが、映画「ベニスに死す」撮影前、とうに少年ビョルンには両親が居ないのだ。父親は不明、母親は自死している。少年ビョルンは祖母に育てられ、芸能界のマネージャーも祖母がやっていた。「ベニスに死す」のオーデションも祖母の手なのだろう。祖母は「ベニスに死す」のエキストラを嬉々として演じている。
このドキュメンタリー映画「世界で一番美しい少年」では前出のように人間ビョルン・アンドレセンを描いてはいない。この作品の構成は何かというと「ベニスに死す」に話を戻すのだ。「ベニスに死す」のラストシーンの浜辺に現在の爺さんビョルン・アンドレセンをイメージフィルム風にたたずませる。それを良しとする現在のビョルン・アンドレセンにこの人の人間性が少しだけ垣間見れた。
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世界で一番美しい少年