・まず始めに、上記の「心の中」のパッケージデザインの映像(写真)は、
私が当時、試写会で見た映画「心の中」には一切登場していません。少なくとも私は上記の映像は認識できていません。寝ていた訳でもありませんよ。
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新たな商品紹介をするために、FANZAのラインナップを見ていたら大木監督のENKプロモーション作品「たまあそび」が目に留まった。エロエロではないがこういうぶっ飛んだゲイ映画もたまにはいいんじゃないかと取り上げることとし「そう言えば大木監督はどうされているんだろう?」とwikiを見てビックリ! 2025年10月14日に亡くなられているじゃないの。61才、若死にだね。まだ半年過ぎたぐらいです。胃がんを患っていたとのことで、死因は遺族により伏せられているとのこと。「????」だが、まあいいわ。心よりご冥福を云々と文面紡ぐのがマナーでしょうが、筆者(当時は南島健太郎=fanta)は、氏の映画を数本見て、舞台挨拶見て、確かENKの他の映画の試写会だったか二言三言挨拶したような記憶が薄っすらあります。それだけですよ。氏について何か論じる立場ではないですよ。
が、1990年代に一応商業映画として発表された数本の大木監督作品の素晴らしさは私個人に限らず、当時のゲイに絶大なインパクトを与えたと認識してますよ。当時はネットの出始めで、個人サイトを持っていた人は、こぞって絶賛の嵐だったし、そこまで言うかのように崇め奉る人も居たね。
筆者は筆者で当時ゲイ雑誌のライターだったから、氏の作品の特集を組んだような記憶もある。ゲイ映画館で入場待ちで並ぶなどと言う現象はまず無いが、「たまあそび」で並んだという話は聞いた。ただし、このムーブメントが一般に広がるという事はありませんでした。要するにテーマは「ゲイセンス」でしたから、一般の興味を惹くようなモノでは無いということです。
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さて、「凄い凄い」と言っていて、「何が凄いのか説明せよ」ということになりますが、大木作品の作風を1999年の映像作品「心の中」の試写会で筆者が体験したことを言いましょう。多分「へ?」と肩透かしを食らうと思います。wikiには12月1日公開とされているから試写は10月とかではないでしょうか。舞台挨拶には始めに2人の男性、ひとりは大木監督でしたね、もうひとりは失念。大木監督のスピーチが始まった。内容は完全失念してますが、変人だと噂されていた御本人、「結構まともじゃん」と思ったのは鮮明に覚えてますよ。
話「心の中」から逸れますが、大木裕之氏って濃いめのルックスで結構いいオトコなんですよ。そのいいオトコがチンコ無修正で丸出しにして勃起させてしこったり、全裸でウロウロしてる映像はエロですよ。そういう映像が、氏の作品「ターチ・トリップ」 (1993年)には確実にあります。大木氏、20代後半の頃ですよ。
「心の中」試写会の話に戻りましょう。大木監督のスピーチが終わると入れ替えて2人の若い男が登壇してきた。主演の2人という事で「いいオトコじゃん」と思ったよ。ただこの段階で映画「心の中」がどういう映画なのかサッパリ分からないので、過度な期待などはしなかった。
さあ上映開始です。映画「心の中」を説明するのは簡単。89分の上映時間の中、映し出される映像は湖と思われる湖面のさざ波、湖の波打ち際の水の動き、砂、石、岩、ずーーーとオーバーラップ、そして緩やかなジャズミュージック、音楽が湖面の波と一緒に「たゆたう」…。人が2人並んで立っているようなオーバーラップでフッと消えていく…。顔は良く分からない。そんな感じがずーーーっと続いて89分が終わりました。これで全部です。「心の中」はバンクーバー国際映画祭などに招待されています…。
ということですよ。これをやっちゃうのが大木監督なんですわ。普通の人はやらないよ89分も。似たようなことをやったとしてもせいぜい10分ですよ。「心の中」は映像作品として成功してるかどうかは微妙だが、私の心を掴んだ時間は確かにあったね。それはジャズと波の映像がオーバーラップした数秒、私の心もオーバーラップした瞬間はあったよ。それは確かに異次元体験であり、それがあなたの「心の中」ですと言われれば、そうなんだろうと思いますよ。
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さて、ちょっと河岸を変えて、アメリカンエンタティメント映画の話をします。何の話かと言うと、映画史の中で映画の作風を根本から変えるような映画が時たま登場するということです。あくまでも筆者の私感ですよ。先に題名を一斉に挙げましょう。「ブリット」(1968年)「燃えよドラゴン」(1973年)「ジュラシック・パーク」(1993年)「マトリックス」(1999年)。全作、リバイバル上映含めて、私がリアルタイムで体験した映画。いや他にもあるだろうと言われればそのとおり。「卒業」などのアメリカンニューシネマ、アーウィン・アレン製作のデザスタームービー「タワーリングインフェルノ」などですね。フリードキン監督の「エクソシスト」など。ただし作風として転換点となってるのは先に挙げた4本。あくまでも私感ですよ。
大木監督とは大幅に話逸れますから、1本1本細かくは言いませんわ。ザッと言います。「ブリット」のリアリティカーチェイス、「燃えよドラゴン」のブルース・リー、格闘シーンの歴史を根本から変えた。「ジュラシックパーク」のブラキオサウルス登場シーンはそれまでのアナログ特撮を陳腐化させた。「マトリックス」はアクションそのものをスタイリッシュにさせた。
思い起こしてください。現在、ネット上にあふれている映画もどきのAI動画、全部、上記の映画の作風で成り立っている。
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さあ、大木監督ですが、上記にアメリカ映画の例を出したのは「そのぐらいのインパクトが大木監督作品にはありました」ということです。ただし大きな違いは、アメリカ映画は「ビジネス(金)」であり、大木作品は「アート(金って何ですか?)」ということです。
映画を作るという事は、まず「企画」「脚本」書いて、それを台本にして「現場」に出て、役者が演技してそれを「映像」として撮る。ポストプロダクションで「編集」「音響」「音楽」。この流れで99%の商業映画は出来上がっている。
大木監督はこの段取り踏んでないんですよ。wikiの資料などではスタッフ・キャストなど分担割で名前が並んでいますが、そんなのテンプレート上、仕方なく書いてるだけであって、例えば「心の中」で舞台挨拶した2人のオトコは、ありゃ役者か?俳優か? 「心の中」に出ていたとしたら、イメージだろう。そのイメージは脚本という「言語」で表現しえないし、先にああゆうイメージの映像を撮ってしまった、それをオーバーパップして映像に落とし込んだとしか考えられないですよ。映画の基本である「時間経過」もハナッから無視している。
今回取り上げた「たまあそび」にしても、筆者に言わせれば傑作「あなたがすきです、だいすきです」も、まず感性ありき。感性によって引っ掴んで撮ってきたモノを映画という時間枠の中にぶち込んでいったような作風。変な例えをするが、道を歩いてて「あ!いいオトコ!」と見つけて容赦なく近づいていきなり服脱がしてチンコしゃぶって「だっていいオトコなんだもん」とやってるような感じ(あくまでも例えの話よ)。
大木監督がENKで作品を作っていた当時、ENKは他のゲイ映画を製作していましたから、記者である私(筆者=南島=fantaね)は、他の映画作家にインタビューをしている。大木作品の話題も出て「あんな作品は絶対に作れない」とこぞっておっしゃっていました。「こぞって」と言ってもまあ数人ですが。
大木監督の作風は出身である「イメージフォーラム」から来ている可能性も大ですが、筆者が持っている「イメージフォーラム」への知識は、実験映像を作ってる学校?団体?ぐらいしかありませんし、「イメージフォーラム」の体験接触等もありませんから、あえてネット等で新たに調べません、突っ込みもしません。
2000年代初めの頃だったと記憶しますが、筆者が毎年ネパールと日本を行き来していた時代、「大木監督もネパールに滞在してるよ」という噂を耳にした。その時思った第一印象は「ああ、金が無いんだろうな」でした。だってさ筆者自身が物価の安い国で金が有効に使えるからネパール行ってたんだもん。当時は日本円で千円は、ネパールで1万円の価値があった。当時はね。
まあ、金に関しては只の推測に過ぎませんが、いずれにしても「金の匂い」は無かった方でしたね。ちなみに「バイセクシャル」の方だと聞いています。今、彼の功績はネットで見れるんだ。その映像には彼の感性が生き生きと躍動しています。さあ、申し上げましょう。ご冥福をお祈りいたします。