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サントラ・ジェームズ・ボンド・映画音楽アートの研究・映画コラム

「ジェームズ・ボンド映画」のサントラを中心に、映画音楽、映画批評、アートなどを述べていきます。映画コラム・写真集などあります。

キネマの神様


映画「キネマの神様」の監督・脚本の山田洋次、御年、90才。この作品が遺作になっても悔いはないだろうと筆者は勝手に思ってる。それだけ優秀な作品だったということですよ。と言っても、勝手に思ってるだけで、監督本人が言った訳でも聞いた訳でもないです。

 「この作品は優秀」と申し上げましたが、傑作か?と言うとそうでもない。いつもの山田作品のアベレージですね。例えば「寅さん」で傑作は?と問われれば、シリーズ中、何本も挙げられますが、それらが映画史の中での傑作かと言うと、1作目が喜劇として歴史に引っかかると言った程度で、山田作品はどれも今一歩突き抜けない。ホロリとさせるが感動まで至らない。クスクス笑えるが爆笑はしない。そんな感じですよ。

 「キネマの神様」は良作秀作です。まず「大したもんだ」と思うのは、山田監督、初監督1961年から60年以上、助監督、脚本時代含めて、それ以上の年月、映画を作り続けてるパワー、持久力、そして腕が鈍っていないこと。日本で最強の映画監督と噂される所以ですね。

 映画に限らず創作活動でそんなに長いこと第一線で活躍してる人って滅多にいませんよ。名監督、名優にしたってせいぜい20年。役者は加齢で一線をチェンジせざるを得ないし、名監督も腕が落ちる。ドキュメンタリーで名監督のブライアン・デ・パルマが、「30代、40代、50代、せいぜい30年だ」って自己分析してました。吉永小百合なんて異例中の異例。イーストウッドも異例。その異例の中に山田監督も入ってる。

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 映画「キネマの神様」は原作からだいぶ変更されているということですが、特徴的なのは山田監督自身が投影されていると思われる助監督時代の話を中心にしたところ。これは生き生きと描かれてるし、山田監督自身の映画作風が所々に登場人物によって述べられていることが興味深かった。
 例えば、主人公助監督のゴウが脚本に細かく指示を書き込んでいることに、俳優が「現場は生ものなんだから計算通りにはいかない」とか、映写技師との会話で、「カットとカットの間に神が宿る」とかですね。

 気になったのは時代設定の不条理。これは山田作品の癖とも言えるのだが、例えば、「寅さんシリーズ」で諏訪家の外観がコロコロ変わるのは致し方ないとして、けっこうシリーズ上、病人や死亡者が出るが、一切病名を言わない。これ、専門的に突っ込まれると単純に困るからだ。本筋に関係ないところはすっ飛ばしてしまう。正誤性にあまり気を配らない。

 映画「キネマの神様」の時代設定の不条理だが、現在の時代設定は、2019年、2020年、コロナ世情も2020東京オリンピックの話題も取り入れている。で、現在のゴウ(沢田研二)が小説では78才、映画では確認できなかったが、まあ70代中盤。過去の助監督時代のゴウ(菅田将暉)はどう若く見ても20代中盤から後半。
 ということは、過去のパートは、2020年から50年ほど前、1970年頃ということになる。予告編でも50年前と言っている。ハッキリ違いますね。描かれている過去の描写はどう見ても1950年代後半から1960年頃。10年ぐらいサバよんでる。

 これはねえ、山田監督自身が野村芳太郎監督の助監督をやってた時代。映画「キネマの神様」の過去パートで描かれる映画はまるで小津安二郎(遺作1962年)。小道具やファッションにしても60年代にも思えない。これは、山田監督自身が自分の時代を描きたかったんだろうね。うまく描いたよ。だから遺作になっても本望だろうと筆者が想像する訳です。時代の不条理は目をつぶろう。

 撮影前にコロナで亡くなった志村けん氏の代役で沢田研二が務めたが、これはこれでいいと思う。もっと一時代を作った沢田研二らしさを出しても良かったとは思いましたが、演出が志村イメージから離れられなかったのかもしれません。志村けんがやってたらどうなってたのかとも思いますが、菅田将暉=沢田研二の方がしっくりきます。

配信・キネマの神様




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