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サントラ・ジェームズ・ボンド・映画音楽アートの研究・映画コラム

「ジェームズ・ボンド映画」のサントラを中心に、映画音楽、映画批評、アートなどを述べていきます。映画コラム・写真集などあります。

「ノー・タイム・トゥ・ダイ」批評・追記

007シリーズのストーリーにケチをつけるのは野暮だ。と思ってます。
しかし、今作は、007シリーズではないね。「引退した諜報員の家族の物語」だわ。ただ、ダニエルボンドサーガの最終章としてはしっかり立ってるから始末が悪い(評するのが難しい)。
ということで、いち映画作品として論じます。

●ストーリーが穴だらけ

あまりにもあるんで、箇条書きにしますわ。

・キューバのパーティで、なぜ細菌のカバンを持った細菌学者のオブルチェフがウロウロしてるの? そもそもあのパーティは何のため?(スペクターはパリピか?) ブロフェルドが主催したのは間違いないよね。で、本当に誕生パーティ? ボンドを殺すため? パーティー企画が先だったんじゃないの? 分からない。ああ、オブルチェフはスペクターを殺したよね。それを指示したのはサフィンということになるよね。なんでそんな回りくどいことをするの?

細菌研究所と言えば、「ここに置いた細菌入りの〇〇どこやった?」で、オブルチェフが誤魔化して、所員も笑って済ましちゃうってあの緩さは何?

・船でライターを死なせて、ゴムボートで海に浮かぶボンド(このライター絡みのシーンはしっかりしてる)。大型船が汽笛を鳴らしたんでそれに拾われたんですよね。まあそれはいい。で、次のカットで高級そうな車のシートをめくるボンド。この車誰がどうやって調達したの? ニューボンドカーかと思ったら、ただMI6に出向いただけ。で、ボンドのテーマがかかる。それ違うだろって感じ。

・新007への指令も変。ブロフェルドの牢屋を徹底的に調べろとMが新007に言うよね、そもそもそれって00課の仕事かよとも思うが、調べたの?そんな描写無いよね。結局、ブロフェルドがどうやって外部と連絡してたのか分からず仕舞い。目玉を取ったから通信できる訳がない。
 それと新007がCIA偽スパイ・
アッシュの殺害を車で許可得るよね。しかしボンド対アッシュの現場には間に合わず、ボンドを車で拾っただけ。ボンド対アッシュの現場に立ち入り、見せ場を作るのならまだしも、そんなことは無く、殺害許可の描写は何のため?

・他にもあるが重箱の隅をつつくようでキリがない。つまり、脚本の詰めが甘いどころか極めていい加減。サフィン一味、スペクターの関係もいい加減。

サフィン一味の義眼の男もあちらこちらに出てきて義眼を強調するが、ブロフェルドの目と関係があるのか何なのか? 結局関係ないようですね。だったら困惑させるような話を作るなよ。混同しないようなアイディアを出すべき。ラストの新兵器で目玉が弾けるのは良かったよ。

ああ、ラストの要塞で、サフィンが「バイヤーが来るから云々」って言ってるよね。結局何?商売してたってこと? 「二度死ぬ」でブロフェルドが中国から金貰ってたくらいのせこさですね。それで英国側も「不審船が接近してる」とか言う。タイムリミットを表現したかったんだろうが、本(脚本)の穴が見え見えなんですよ。

あと、何だかハッキリ描写してなかったけど、ロシアの戦闘機が接近したとかどうとか、あれどうなったの? それこそ「女王陛下」の真似でいいから、Mの粋な計らい(大嘘でもいい)で阻止するとかさ、Mの見せ場を作りなさいよ。

極めつけは、「MI6の秘密研究」「毒草」「ウイルス・細菌」「ナノテクノロジー」これらを理解して本書いてないよ。それらしく言ってるだけ。毒草で思い出したけど、「私はここで育った」ってサフィンが言ってたけど、あの北方領土のロシアの基地で育ったんですか?説得力皆無なんですが・・。それとノルウェーから北方領土までヘリ移動は無理よ。

●アクションがスカスカ、サラサラしてる

魅せるのはタイトル前のアストンマーチン銃撃戦ぐらい。その前がいまいち。墓守(?)と見つめ合って、前後から敵が迫る状況は良いよ。で、電線(?)でサーカスするのはよろしいが、まるで着地点が分かっていたような描写は何ですか? 少しは障害物、溜めを作って欲しいね。バイクもそう。あまりにもサラサラ行き過ぎ。それで敵のひつじ放流作戦なんて何の意味もない。アストンマーチンの「羊どかし」新兵器ぐらい噛ませて笑かして欲しいわ。「サンダーボール」の水鉄砲でも出せば受けただろうよ。

評判のいいキューバの銃撃戦も誰が誰と戦ってるの? ただ撃ちまくってるだけに見える。で、敵は誰?サフィンの一味?スペクターの生き残り?何だか分からん。

銃撃戦のスカスカ加減はラストの要塞にも言える。少しは「溜め」を作ってよ。ドラマ性と言うかさ。
ノルウェーのカーアクション、敵方、簡単に引っ繰り返っちゃって重量感が全然ない。
敵基地に向かうグライダーにしてもそう。すんなり何事もなく(アクションなんか無い)着いちゃう。

●洒落が全部滑ってる

洒落のシーンは確かにあったよ。キューバの銃撃戦の中での乾杯とか。ただそれ「有り」かい?「そんなことしてる場合か?」が先に来るよ。無理やり「洒落なきゃ」と思うからそんな不自然な描写が出来上がる。脚本(本)が未熟なんです。

他にも洒落を狙ったシーンはあったが、全部滑ってる。
ああ、一つだけ、ボンドがMI6の受付で、苦々しく、「ボンド、ジェームズ・ボンド」と言うところ。あそこはシリーズを皮肉っていて洒落てたね。

●キャラが立ってない

過去作ですでにキャラ立っているQにせよ、今回はただの作業員に見える。Qの部屋シーンも洒落が足りない。今回、タナー、マネペニー共々見せ場無し。Mは貫録を増したが老けただけとも言える。

そもそも敵役サフィンのキャラが立ってないよ。能面で登場したのはいい。だったらそのキャラで20年以上(?)固執しろよ。マドレーヌの前で欠けた能面見せて顔晒すなら、欠けた能面だけ見せて後姿の演出して顔出すなよまだ。
ノルウェーのカーアクションの後、
マドレーヌ親子の前に現れるならば、欠けた能面被って現れろよ。そしてクライマックス、ボンドと対面、「私の家族はダイオキシンで殺られた。私はこの顔で生き残った・・」で、能面を取って顔見せろよ。そこら辺、役者冥利に尽きるんじゃないの? ボンドとの会話も生きる。要塞関係してる所だけ能面付けてるって設定で問題ないだろ。

●本編批評にも書いたが、この作品で筆者が一番心震わせたのは、タイトルバック、マドレーヌとの駅の別れのシーンで、「ドクター・ノオ」の●(まる)のデザインが出たところですね。泣きそうになりましたわ。ただその後のタイトルバックのデザインはテーマが無い。ダニエルボンド過去作のタイトルから要素を持ってきた感じだがまとまりがない。「カジノ」「慰め」のような思い切りが欲しかった。

●音楽については別項で書きましたので細々言いませんが、「愛はすべてを乗り越えて」の旋律をマドレーヌ絡みに流すのは生きたけど、Mとの川縁での会話シーンで「女王陛下」のメロディは、私は理解できませんでしたね。

●まあ、映画としては悪くはない。ボンドの家族の話としては一貫してる。それが今回のテーマでしょう。それは良くできてる。2時間40分は長くはなかった。ただ今回だけはメディア(ブルーレイ等)購入はしないな。wowow録画で良しとしました。と書いたが、ブルーレイにカットシーンが多く入ってれば購入検討するわ(まだチェックしてない)。


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